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zoom RSS 【日本で唯一】 岡崎城の廊下橋

<<   作成日時 : 2017/05/15 11:37   >>

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徳川家康公生誕の城として有名な『岡崎城』だが、それ以外にも“希少”な見ど
ころがあることは、あまり知られてしない。

今日は“希少”な見どころの一つ、岡崎城でしか見られない『廊下橋』を紹介し
ます。

初めに「廊下橋」について説明すると

  「廊下橋とは、城の濠(ほり)に架けた、屋根や壁のある橋。
  横矢を防ぎ、また狭間(さま)を設けて、長櫓としても用いる。
  横蔀(よこしとみ)とも言う」(大辞林)


廊下橋の目的は、単純には城内の移動用だが、非常時には城からの出撃や
脱出用として使われ、籠城の際には橋を破壊して敵の侵入を防ぐこともできた。

そのため、外から橋の中が見えないように、屋根と壁があったようだ。


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そんな廊下橋は日本各地の城にあり、有名なものでは彦根城の廊下橋がある。
彦根城の場合は「鐘の丸から天秤櫓」に架けられていて、天守からの橋ではない。


画像
         彦根城 廊下橋

画像
         福井城 廊下橋

では『岡崎城の廊下橋が【日本で唯一】とは』どういうことか?

「天守と本丸以外の曲輪(くるわ)が直接つながった廊下橋は【日本で唯一】」

注)曲輪とは城の内外を土塁、石垣、堀などで区画した区域の名称である


岡崎城の場合は、天守の裏側(北)にある空堀に架けられており、持仏堂曲輪(じ
ぶつどうくるわ)につながっている。

画像
        岡崎城 廊下橋       

江戸時代には、木製の橋で屋根と壁があり、外から中の様子が見えないような
櫓のような機能だったようだ。

廊下橋は江戸時代には存在していたが、明治時代の廃城令で岡崎城の建造物
は全て取り壊された。その後、明治時代後期に土橋として修復され、大正時代に
石橋が架けられ現在に至る。

石橋も近代文化遺産としての価値があると専門家は言っている。

【日本で唯一の廊下橋】 多くの方の見ていただけたら嬉しい限りだ。来場者が
増えたら廊下橋の復元(木造)が実現するかもしれない!!!




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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
サバーイさん、こんにちは!
60年岡崎に住んでいながら「廊下橋」のことは初めて知りました。
10年前に息子が学生時代彦根に住んでいましたので、彦根城の廊下橋は見たことがありましたが
まさか岡崎城にもあったとは、夏の帰国時にぜひ見に行きたいと思います。
先週から雨が続くなあと思っていたら、16日にタイは「雨季」に入りました。
私が住んでるアマタはバンコクより降水量が多いみたいで
一昨日はメイン道路が40cm程冠水してました。
これからのスコールに気が滅入ります。
リテツ
2017/05/19 15:07
リテツさん、こんにちは!
私も「かたり人」になって廊下橋を知りました。
天守閣の裏側で人通りも少ないですね。

岡崎城には希少な物が色々ありますが、残念ながら
PRしないし、案内や表示も少ないです。
観光課?のガンバリを期待します。

タイは雨季に入りましたか! 星の見えない夜が
半年ほど続きますね。
サバーイ
2017/05/19 16:36

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